私は、父が母とSEXしているのを想像し(と言うより、相手は母でない場合が多いですが)自慰をすることもありましたが、41歳で結婚するまで童貞であっただろう父が、自慰をしている姿もよく考えました。
23歳の時、母が他界しました。享年54歳。ガンでした。
父は65歳。
私は、その翌年、それまでいた会社を事情があり退職することにし、地元に帰り、仕事に就きました。
一人でさびしくなった父が「それであれば帰って来なさい」と言ってくれましたが、父と一緒に住みたい私の気持ちが大きかったのが事実でした。
父と一緒に風呂に入るきっかけもなく、月日は過ぎました。
父は夏でも、風呂上りに裸で出てくるような人ではありませんから、裸すら見ることはありません。
私の同性趣向の話も、実家に戻ってからは、父は口にしませんでした。
ただ、自慰をする時、わざと部屋のドアを閉め忘れたようにあけたりしていました。
私はよく、父がいない隙に、父の部屋を探索していました。
ある日、外国の男女のSEXの写真を見つけました。
サイドボードのキャスターの下に、それはコンドームと一緒に隠してありました。
「こんな隙間に・・・」と我ながら、よく見つけたと感心すると同時に、コンドームが一緒と言うことは、父は自慰をしている?
私は、すぐにビデオカメラを買いに行き、父の部屋を隠し撮りしたい衝動に駆られましたが、できるはずもありません。
父の部屋はリビングの横ですが、私は、それから毎日のように、夜、父が部屋に入ってから、壁に耳を当てましたが、それらしい気配は感じませんでした。
一週間経って、休日の日、父が詩吟の会に出ている時(母が死んでから、母と同じ趣味をはじめていた)父のその隠し物を確認すると、コンドームは2枚減っています。
私は父のベッドの上で、ズボンをひざまで下ろし自慰を始めました。
そこへ、いきなり父が現れました。
ドアの前に立っています。
見られてもいい、父に見られたいと思っていましたが、実際、そうなると流石に、驚き、慌てました。
しかし、父の隠し物は、元の場所に戻しておいていたことは幸いでした。
私はうつぶせになるしかありませんでした。
「もう、昼間から何をしているんですか」
と、父はリビングに消えました。
私は、思い切って、そういうサウナにいく決心をしました。
24歳。まるで性的体験はありませんでした。
飲めない酒を飲み、勢いをつけ(正直なところ、気分が悪くなっただけですが)、そのサウナのドアを押しました。
シャワー室には数人がいて、心躍りましたが、緊張している方が強かったように思います。
サウナ室に入ると、30代、50代と思われる二人。
離れたところに座ると、30代と思われる人が、私のすぐ横に座りました。
私は、熱さと緊張と、酒のせいで少々気分がよくなく、入ってから2分としないうちに、立ち上がろうとしました。その瞬間、私の足に横の人が自分の足を当てました。
私は、それだけで勃起しだし、動けなくなり、何とか、タオルで前を押さえていました。
その人は、それに気づき、私のタオルをはぎ、私の性器に直接触れ、勃起した私のものの皮を、ぐいっと剥きました。
「あ、」
声を出してしまい、他の二人がこちらを見ます。
しかし、それでも、私は動けずにいました。
50代の人が私に近づき、乳首をいじり始めます。
気分が悪かったことなど、忘れてしまっています。
50代の人が、乳首を吸い始め、30代の人が私の性器を口にした瞬間でした。
「だめっ!!」
その人の頭を跳ね除け、床に、太ももに精液を飛ばしました。
私は、恥ずかしさと、少しの恐怖で、そこを急いで出ました。
シャワーを浴びていると、50代の人が後ろから抱きしめて来て、
「ここはよく来るの?若いからもう一回できるだろ?」
と背中から手をまわし、しごき始めます。
さっき出したのに、私は、恥ずかしながら、勃起しています。
その人は、私を周囲に見えるように姿勢を変えると、急激にしごきはじめました。
数人の人がこちらを見ていますが、私はなすがままでした。
そして、見られている中で、またしても、射精してしまいました。
私は、サウナを出て、すぐにタクシーに乗っていました。
長く感じていたのですが、サウナにいた時間は30分も経っていませんでした。
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