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大きな先輩小さな後輩(4)
アライグマさん 投稿日:2003/09/10(Wed) 21:19    Back Top Next


「大きな先輩小さな後輩」 第4部

 昼食は、いつも決まってファーストフードか、買い込んだ弁当を車中で食べる。配送ルートの途中でとる飯は、いつも一人きりで、そこに先輩の姿はなかった。仕事を終えて、皆とたまにいく居酒屋には、毅先輩の他にも必ず他の仲間が同行していた。募る思いは、あの忘年会の二次会以来、ずっと胸中に秘めたままで、何度となく二人きりの時間を作ろうと計画を立ててはみたけれど、それらはすべて空夢に終わってしまっていた。いざ先輩を目の前にすると、あれだけ心で反芻した誘い文句も、どうしても口にすることができなかった。

 先輩は俺に「チンコがついてない」と言った。あの晩、俺は少し考えてみたんだ。なにも俺に意気地がないわけじゃない。俺たちは同性を好きになる度に、常識という名の足枷が荷せられる。先輩たちには、その不自由さがわからないだけなんだ、と。

 ゲイ雑誌を目の前に、鼻息を荒げる自分に嫌悪した夜があった。素直な気持ちに抗いきれず、ごつい体から滲みだした玉の様な汗と、濡れはだける六尺褌の下で、隆々と頭をもたげる男のシンボルのグラビアに、己の精を放った夜もあった。そして、その都度、得も言われぬ背徳感に襲われる。けれど、そんな後ろめたい感覚を抱かなければならない日々も、それほど長くは続かなかった。それは、雑誌の文通欄を経て知り合った友人と、その手の飲み屋へ通うことがきっかけになっていた。
 初めて飲み屋の扉を開けた日。俺の眼下に広がっていたのは、様々な年代、様々な職業の人々が、陽気に酒を酌み交わしていた姿だった。世代や身分が異なっても、そこには、たった一つの共通点がある。男が男を好きになる事に、なんの憂いも感じさせない雰囲気が、店内に満ちていた。俺は、そんな景色を目の当たりにして、自分がいかに今まで、暗く、深い井戸の中にいたかを思い知らされた。同時に、目の前に広がる大海原で自由に泳ぎ回れる、そう歓喜した瞬間でもあった。
 けれど正直な話をすれば、俺は目前に広がる大海に飛び込むことを、躊躇していた時期がある。それは、自由の代償として“何か”を失う。その“何か”を特定できない漠然とした不安が、俺を暫くの間、尻込みさせていた。そして、おぼろげな“何か”が漸く輪郭を顕わにしたのが、友人に引率されて初めて飲み屋の扉を開けたその日から、3ヶ月程経った、年の瀬が迫る冬至の頃のことだった。街はどこもかしこも、クリスマスムード一色に染まっていた。
 「今度、マスターのお店でクリスマスイベントをやるんだ。俺さぁ、その日助っ人で手伝うことになったから、耕ちゃん、よかったらおいでよ」
 いつも、連れ立っていた友人の言葉に促され、俺はその晩、ようやく常連として板についてきた飲み屋の一角に腰をおろしていた。

 定額で飲み放題、カラオケは無料。お通しは乾き物の代わりに、手の込んだ一品料理が出されていた。お店は普段以上に活気に溢れ、初めて飲み屋で明かしたクリスマスイブは、俺にとって少し刺激的なものになった。マスターを筆頭に、店子が皆、女装をしていた。それが毎年、恒例行事だということ、大方の飲み屋も同じように肩を揃えて営業をしていることは、まだその時は知る由もなく、助っ人として手伝いにきていた友人の変貌振りに、ただただ驚くばかりだった。
 純白のブラウスに淡い桃色のベストを羽織り、同色のタイトスカートを穿く彼の様相は、一見OLを意識している様にも思われた。けれど、マスターの事を「社長、社長」としきりに呼ぶ所を見ていると、彼の中では、社長側近の秘書という位置付けになっているのかも知れない。いずれにしても、普段目にしたことのない彼の姿がそこにあった。恥じらいなど億尾にも出さず、女性になりきっている彼がそこにいた。お客の飲み物を用意する時を除き、書類を挟んだファイルを、常に両手で支え持っている姿が、凄く滑稽に映った。そして、油絵の具を塗りたくったような化粧顔こそ、この上なく不細工だったけれど、心底楽しんでいる事をうかがわせる絶えない笑顔が、俺にはとても眩しかった。

 俺はあいつの様な笑顔を振り撒いているだろうか?恐らく、俺はあいつの様には笑えていない。
 ゲイ雑誌の文通欄で知り合ったあいつに、飲み屋の紹介を受けた時、確かに俺は喜色満面だった。その日から今日日まで、俺は自分の事をバイセクシャルだと、飲み屋で知り合う人たちに吹聴してきた。男も女も好きになる、そんな自分がどこか高尚な感じで悦に浸っていた。でも本当にそうだろうか?本当は自分の自尊心を守る為に、本心を捏造していただけなのかもしれない。俺が大海へ今一歩飛び込めないでいた原因は、そんな“自尊心”を守る為だったからなのかもしれない。人目を憚らない、あいつの馬鹿な態度を見るにつけ、俺は自分の心の内が浮き彫りにされていくのを感じていた。そしてそれは、自分自身と改めて対峙する絶好の機会にもなった。

 自分を開放出来る場を得てもなお、嬉しい感情の裏側では、同姓を好きになる事に嫌悪する気持ちが残っているのだろうか?生きてゆく上で必然的に呼吸をするように、恋愛も異性に惹き付けられる事が至極当然の成り行きだと思ってきた。そんな長年積み重ねてきた意識が覆る事に、俺は恐れているのだけかもしれない。結局は、すべて自然に任せようと思った。同性を好きになれば、その事実に素直に喜べばいい。将来、異性に心を動かされる事があれば、その時はその感情に従えばいい。とどのつまりは、強がらなければいい。
 敢えて“バイセクシャル”だと吹聴するのをやめようと思ったその時、俺は漸く大海へ飛び込めたような気がした。足枷の外れた両足で泳ぐ大海原は、さぞかし気分の良いものだろうと思ったんだよな。

 先輩に「チンコがついてない」となじられてから、俺は物思いに耽ることが多くなっていた。デビューして間もない頃の自分を回顧しながら床に着く夜は、時を刻む秒針の音でさえ耳に障る。微睡みゆく意識の中で、俺はいつも先輩に問う。
 
 ―俺、早計だったかもしれないね。本当は足枷なんて全然外れていなかった。先輩の前では、頑丈で強固な足枷が依然として俺の足元を拘束しているからさ―

 天井に据えられた蛍光灯から、畜光性の引きひもが垂れている。蓄えられた光が、すべて闇に拡散してゆく頃、俺は眠りにつく。こんな夜は大抵、先輩が俺の夢枕に立つんだ。


 いつにない真摯な顔つきの先輩が、俺に面と向かっていて、そんな先輩の尋常じゃない態度に少し驚きながら、俺は先輩に言う。
 「せ、先輩、どうしちゃったんですか?」って。
 そんな俺の問いに、先輩は、少しはにかむような表情を見せる。ただならぬ雰囲気に、俺の鼓動が次第に早くなる。
 「ん、ん?あ、あのなぁ・・・」
 先輩が神妙に口を開き、俺は固唾を飲んで、その続きを待つ。
 「俺なぁ、耕太のことさぁ・・・。はははっ、俺、なんかおかしいな・・・」
 先輩の言葉尻を待つまでもなく、俺の目頭がカッと熱くなる。そして、先輩の厚い胸板に顔を埋め、あまりの嬉しさに俺は号泣してしまうんだ。ほんと、嬉しくて、嬉しくて。でも、俺は泣いている途中で、ふと我に返る。これって、夢なのかもしれないって。そしてその瞬間、先輩の姿が俺の前から早急に影を薄めてゆく。夢の中で、夢を疑い、そしていつも同じ結末を迎え、俺はひどく落胆しながら現実の世界へと徐々に覚醒してゆく。そんな風に迎えた朝は、感涙と悲涙が綯い交ぜになって、大抵、涙で枕が濡れているんだ。


 その日も、俺は同じ朝を迎えた。先輩の姿はすっかり影をひそめ、俺の心には痛みだけが残る。それはゲイとして生まれたことを、ひどく忌み嫌う瞬間でもあった。ゲイとして生まれることが、万物の創造主による定めなのならば、同性相手に四百四病の外に患う無様な俺を、あなたはいったいどの様に思っているんだ!と、普段は信仰すらしていない神仏に、この成就できない想いをぶつけた、初めての朝でもあった。
 俺は足早に身支度を整え、憂鬱な気分を残しながらも会社へと向かう。トラックに乗り換え、目的の酒屋まで続く県道を、俺はエンジンを唸らせながら突き進んだ。県道に沿うように並ぶ田には、緑鮮やかな青田が、ぎっしりと生い茂っていた。一段高い運転席から見る、風にそよぐ青田のうねりは格別に美しいものがあったのだけれど、俺が翌年同じ景色を見ることはなくなってしまった。

 俺にとって、それは辛辣な思いを強いられる出来事になったけれど、今思えば、夜な夜な恋に患う男の悲哀を、見るに見かねた神様からの贈り物だったのかもしれない。


アライグマ > チンコが固くならない話で、申し訳ないです ^^; (9/10-21:24) No.387
てる造 > ふとした事、ちょっとした事、精神性の内面を主体に書くって、好きだなあ。勃起しなくても、そこに書かれた事がどういう事なのか。又、主人公から見える人間性の底にある部分との繋がるストーリー。勃起しなくても、抜ける話しなんじゃないでしょうか。☆◎◎☆ 期待しています。ありがとう。 (9/12-12:25) No.390



アライグマさん 投稿日:2003/09/10(Wed) 21:19      Back Top Next
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